「どんごろす」は、学生時代組んでたバンド名です!

プロフィール
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・高校3年より、吉田拓郎に憧れ、アコ-スティックギタ-を始める。

・愛媛県松山市の松山商科大学に入学し、フォ-クソング同好会に入る。
 大学2年の時に「どんごろす」というバンドを、1年後輩のT.Y(ベ-ス・G)とS.S(リ-ド・G)と組む。

・結成より、ヤマハのポピュラーソングコンテストでは、愛媛の代表のバンドに選ばれ、
 常に四国大会までは、出場するバンドとなる。

・四国大会では、優秀賞や作詞賞などの賞をとるが、妻恋の本選会までは、出場できなかった。

・大学を卒業し楽器会社に就職後、1年間は、現在高知で活躍してる龍民ことT氏 を リ-ドギタ-に、
 (リードギターのS.Sはドラムに)、またキーボードに、当時大学生のY.Aを迎え、「どんごろす」を続ける。
 
・その後、バンドのメンバーそれぞれの帰郷や就職等で、「どんごろす」を解散する。

・解散後、楽器会社に勤めていたが、夢をあきらめきれず5年で退職。

・一人でどこまでやれるのかと思い、自作自演で 再び活動開始

・当時YAMAHAはポプコンから撤退し、昭和58年当時 コカコ-ラの フレッシュサウンドコンテストというのががあり、
 松山から応募する。 

・運よく愛媛の代表枠に残り、高知の四国大会に出場。

・ハ-モニカとアコースティックギターというスタイルで、オリジナルを歌う。
 優秀賞か審査員特別賞か、どちらか忘れましたが、受賞する。

・その後、レコ-ド会社などにデモテ-プなどを送るが、採用されず、 28歳の時サラリ-マンにもどる。

・それ以来、ギタ-を弾かなくなる。

・平成22年の初め、松山商科大学フォークソング同好会で、同時期やっていた児雷也の上隅信雄氏の訃報を聞き、
 何か頑張らないという気になり ギタ-を弾き始める。

・今度は、エレキギタ-をやってみようと、平成22年6月ヤマハのエレキギタ-SG-3000 をネットで購入 

・インターネットで「カノンロック」を聞き、感動する。 
 同じく、インターネットで「HIDENORI」氏の 速弾きの課題曲を練習し、それなりに弾けるようになる。

・YOU TUBUに、アップしているオリジナル14曲は、28歳くらいまでの曲で、
 大学時代のバンド「どんごろす」 で歌ってた曲と、レコード会社に投稿してた27歳から28歳頃の曲です。
 録音は、投稿してた頃に、多重録音したものと、H24年に録りなおしたものです。

・2013年6月に、約30年ぶりのライブを、島村楽器エミフル松前店前でする。
 好きな音楽を、楽しめたらと思い、音楽活動を再開する。

・YOU TUBEに、曲ができたら「どんごろす・nobuチャブ」として投稿中  現在マイペースで活動中



 <音楽関係以外では・・・・>

・平成21年10月より突然、バタフライを教えてもらいたいと思い、週1回の水泳教室に行き始める。
 やがて、バタフライも泳げるようになり、なんと平成24年10月愛媛マスターズに、初出場する。
 <記録> 25mバタフライ・・・19秒63、25m自由形・・・16秒73 遅いですが、満足してます。
      25m平泳ぎ・・・20秒65

・30歳になる2ケ月前、極真空手を始める。

・2014年1月極真会館愛媛支部が、高見空手として再始動し、
 松山市内の森松道場で師範として、指導を任されています。 現在 伍段 

・仕事は2000年より、針師・灸師・あんまマッサ-ジ指圧師として、松山市竹原2丁目で
 「友優はり灸療院」を開業しております。

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